ステージのまわりは真っ暗だ。
僕はなんだか無我夢中でバスドラムを喧嘩のように蹴りつける。
左側が痛いんだ。
キリキリキリキリ。
客の声は透明なゼリーみたいに猶斗におしよせる。
猶斗は笑っている。
僕らのまわりは真っ黒だ。
照明が四方八方から狙ってくるから外が見えないんだ。
無人島に閉じこめられたみたいだ。
猶斗はひときわ白いスポットに撃たれて、ひらひらまわって歌っている。
実体のない布きれみたいに身軽に歌っている。
若いやつらがみんな真似する、泣きの混ざったバリトンで歌う。
みんなよろこぶさ。
サーヴィス。
高級レストランのサーヴィスだ。
ようこそお客様。
歌いだした猶斗は、滅多にドラムセットの内側の僕を見ない。僕は、ステージ衣装の猶斗の背中を見る。
客はいる。猶斗の客は、東京なら一万人は読める。代々木競技場第一体育館、横浜アリーナ、日本武道館。そのクラスなら大体イケる。スタジアム・クラスには届かない。そこに動員の壁がある。まァ不況だしね。ここはどこだっけ。僕は、脊髄反射の運動みたいにスネアを十六分音符で刻む。
客はいる。
猶斗は飽きない。
いつも笑っている。
??ぷつん。
時間が途中で切れたようだった。
あっ。
猶斗が後ろを見た。僕は叩いていた。舞台ソデにいるモニター・エンジニアがアレッのかたちに口をあけた。ボーカルマイクの不調かと思った。違う、声だ。猶斗が僕を見て、左手の指で僕をさした。僕は、レーザー銃で脅された人間みたいに両手両足をばたつかせて、Bメロの六小節ぶんを勝手なドラムソロに変えた。
猶斗は下を向いてマイクを持ち直す。サビを待って喉を開く。声が無い。ボーカルマイクの拾う声が足りない。ああ半分も出てねェや。
猶斗は、真っ暗闇の客席を仰ぐ。握ったマイクを囓るように歌う。僕らのもとに、客の声がおしよせる。あいつらがかわりに歌っている。
僕は返ってくるやつらの声の時間差に巻きこまれないように慎重にヘッドホンのクリックに耳をすまして一歩先のリズムを叩く。葦宏は、陽気に派手なベースラインをつなげている。キーボードの三宅はいまさら何もできない。手弾きのフリして、コンピューターで自動的に鳴らしている音だ。
ギター。
僕は、アッと思った。思った途端、背中が冷えた。腹がむかついて脳天に蒸気みたいな痛みが来た。ギタリストは、白っちゃけたムービングライトの影を浴びながら僕の叩いたリズムの通りに、セルロイドのピックで六本の弦を摩擦して音を出していた。素知らぬ真顔で、身の厚い刃物のへりみたいな音で弾いていた。
猶斗の声を潰しやがった。
こいつだ。
糞野郎。
(続く)
※初出 2001年12月「文学メルマ!」