中指で黒鍵を一度。
叱るように一音のみ。
重く意図をもつ音を。
鳴らす。
「リクエストは?」
「ネコフンジャッタ」
「……どうしてもというなら」
「うお。ていうかキサマ弾けるのか猫踏みマーチが!」
「弾けないと困るんじゃないかな、それは。一応、人前でも弾く身として、その難易度のものなら」
「つーか、そうか、俺もきみのサービス精神は買っているのだが、ちと一瞬びびったぞ、
ニコニコして猫を踏む里見君のピアノつーやつは勘弁だ。おお見よ俺の鳥肌を、ぞわー」
「それは西城の感受性の問題だろう」
「まったく俺は天才で困るなあ里見君よ」
「俺は西城を友人に持って困った経験はないつもりだな」
「ああ里見君、ニコニコ笑って心から神に感謝する曲を弾きたまえよ」
「……困った」
「うっはっはっは! ざまをみろ。ふん」
「神はともかくとして、心ばかりの感謝や希望の念くらいなら、俺にもあるよ」
「あるのは当然。なかったら殴るが。出し惜しむのがイカンつーとるのだ日本語の通じない馬鹿め」
「ああ。わかるよ、よく」
薬指。高音のBフラットを奏でて、密かに笑う。
ピアニシモの、透明な。
午後。
M.WAKAGI.
DEADSTOCK
for J.SATOMI
※初出 2000年3月 (商業誌未発表作品)