〈3〉
白っぽい金色の髪をした猶斗がステージのへりに立つ。
エナメルの黒い服を着て立っている。
光が彼を追う。
僕らのステージをつつんで冷たい鉄骨で組みあげられた一夜かぎりの架空の楼閣のように巨大なジャングルジムのあちこちからピンスポットの光線がぞろぞろと彼を追う。
どうよ?
僕は、いつものおどけた態度で彼に訊く。
ちいさな綺麗な魚の群れみたいに猶斗を追っかける照明のやつらの声が僕らの頭上の鉄骨の隙間を行きかう。
めまぐるしく背景の色を変えて本番前のテストをくりかえす。
「あァもう、ひでぇんだよ、注射の針スゴくてさ。皮膚にでかい穴あいたよ」
「注射うちゃ穴ァあくさ、普通」
「そッか」
僕を見て猶斗が笑う。
「英治サンは物知りだなァ」
そんな冗談をとばす。
大量の人間の注目を浴びてその視線の刃で削られた彫刻のような顔を、僕は見る。
研がれた顔だ。
僕はしばらく、あんまり、それを近くで見ていない気がした。
どんな顔のかたちだか忘れていた。
猶斗はステージのへりに立つ。そこから客席との距離をはかるように眺めた。最前列にはおしよせる客を止めるための柵が立てられている。三メートルくらいの幅の、暗い虚無が、僕らの棲息するステージと彼らのあいだに開っている。
そして猶斗はスポットライトの魚群をひきつれて、スタンドマイクの置かれた位置に戻る。マイクの足元に据えた黒いモニタースピーカーの外枠を、革のブーツのつまさきでかるく踏んで感じを確かめた。
「ノリコに聞いたけどさァ」
猶斗が言う。
「英治サンいつも俺をロックスターって呼んでんだ?」
「なんだい。そんなこと聞くなや」
「イイね。ロックスターね」
猶斗が言う。火照っている喉を右手の掌でつかむ。僕は彼の隣に立って、そこから、彼の喉を這う彼の指を見る。ショウ・マスト・ゴー・オン。彼は、平気で、笑っている。
飽きない。
僕らの眼が彼の肉を削っていく。
研がれて、尖っていく。
「どうすッかな。歌えねかッたら、死んじゃうなァ。どうなッかな今日は」
猶斗が言う。空言のように言う。
彼の眼が見ている先を僕は見ない。猶斗の、水気の多い眼球の反射を僕は見ていた。ぎらついた眼だった。とても正気なんかじゃありゃしないと僕は思った。
「猶斗」
僕は、彼の名前を呼んだ。
「カッコイイな」
と言った。
猶斗は僕を見て、なんだか、あたたかい父親の像のように、不思議な笑い方をした。得意げな子供のように、右手の人差し指を、僕の顔の鼻先につきつけた。
「惚れてンだな?」
ナルシストだ。
僕は、ちょっと可笑しい気分で、その僕の目の前にある猶斗の人差し指の先に、ぱくりと飢えた魚みたいに食いついた。爪に歯をあてて、指紋のあたりを舌で嘗めた。濡れた肉の味がした。猶斗が、くだらない悪戯を見たように、笑った。僕も、笑った。
(続く)
※初出 2001年12月「文学メルマ!」