〈1〉
左側から。
鋭角の切っ先が来た。
電気。
スチールの弦に帯電する振動。
六本の糸。
ぎりぎりに斬る音だ。
粗く濁っているのに何かの間違いみたいに透明な音だ。
無礼な乱暴だ。
身が厚いのに切っ先だ。
糞野郎。
それは新しいギタリストだった。
猶斗のバックメンバーはよく替わる。
僕はもう七年ばかり彼の後ろで叩いている。
ほどほどに仕事はある。
それなりに名声もある。
ああこの曲はやめとけよ。
イントロだけの見かけ倒しだ。
必死に弾いても甲斐がない。
やめとけよ。
僕はそう思った。左側、舞台上手のモニターから、ガリガリ黒板を釘先でひっかくみたいに無駄な熾烈なやかましい尖鋭な高音が高らかに華々しく無尽蔵な図々しさで、鳴りひびいた。糞野郎。
猶斗は、ステージの中央で、白っぽい金色の髪を束ねて、まだリハーサル中だからコットンのフード付きのパーカを着て、歌わずに、にやにや笑っていた。
猶斗はいつも笑っている。
笑うのが癖になっているように笑う。
ロックスターだ。
笑う気分に慣れている。
「英治サン、うるせえよ」
ふりむいてドラムセットの内側の僕を見て、にやにや笑って、ボーカルマイクに口をつけて言った。
「おう。ジジーは短い寿命ふりしぼってタイコ叩いてまっさ」
僕はおどける態度に慣れている。左のスティックで思いきり、サイドシンバルのエッジをぶちならしてやった。
ギタリストが僕を見た。
赤い髪を透かさないと眼が見えない顔だ。
なんて名前だっけ。
軽い紙の棒みたいにフェンダー・テレキャスターのネックを左手に握って、癇癪もちの金属のかたまりみたいなコードを右手で一気に殴るように弾いた。
※初出 2001年12月「文学メルマ!」