補足少々……ネオ・ストーリー

若木 未生
XAZSA(ザザ)〈ver.2〉
若木 未生
メカニックスD―XAZSA(ザザ)

ウウウウウ…10年前の作品を自分で見るのはたいへん赤面モノでございますがオノレが書いたのはほんとだからしょうがない! しかしな…ウウウウウ…(逃げちゃダメだ逃げ以下略)

「ネオ・ストーリー」は、主にXAZSA2巻の内容にリンクしています。

ザザ野ザザ太郎、そういえば↓こんな名盤も作って戴いてました。幸せなヤツでございます。

イメージ・アルバム, 松浦雅也, 安田尊行, 新居昭乃, 松澤由実, 田中みほ
XAZSA(ザザ)

ネオ・ストーリー

 折れたギター。

「やっぱ弾けねえや」
 無能な笑い方をして俺はそう呟いている。
「ごめん他のやつ呼んで」

 サヨナラ俺のギブソンレスポールカスタム『突撃号II』。
 れーこ社長のうらめしい顔が目にうかんだけど。ゴメンネって頭さげるっかない。
 せっかくの義理つぶしちゃって。いいお仕事だったのに。
「テツさん!!」
 仕切りのディレクターだか先方のマネージャーだかそのへんの誰かが飛んでくるかと思ったら、来たのが加納光ちゃん本人ひとりだった。ので帰りづらくなった。
「すみませんでした哲郎さん! 俺がっ……」
 スタジオの扉出るなりカノンのほうがばさっと金茶に染まった長い髪ふりおろす勢いで身体おりまげて頭さげた。おいおいと俺はなんだか機先を制されて、やはりまだ無能なままで立っている。
「俺が!! 哲郎さんに弾いていただくだけの曲が書けなくて!! 申し訳ありませんでした!!」
 いや。
 そりゃちがうんじゃないの。
「……あのさ」
「はい」
 また、ばさっと髪を動かしてカノンが顔上げて俺を見た。
 グラサンしてない、ステージ用のメイクもなしのカリスマボーカリストは、間近でスッピンでもこっちの気がひけるくらい『お素敵』でカッコイイ。
 まっすぐ来た視線が、もっとお素敵だった。
 自意識・プライドばりばり男。
 曲が悪いなんて謙遜してるときにそんな眼をするですか普通。
「ごめんねえ、俺ちょっとかなり下手にしか弾けなくて」
「哲郎さんは下手じゃないです」
 スタジオの床に放ってきた、ネックから叩き折ったレスポールカスタム。
 あの音、聴かれて、まだそう言われても、やっぱり慰めでしょう。
「俺の考え方が甘かったです。この曲でこのアレンジでまんま哲郎さんに渡したら……俺が無礼でした! すみませんでした!」
「加納くん、きみさ……」
 かかえる楽器がなくなっちゃって手持ち無沙汰で俺は、もじもじとジーンズの腰で両手の指こすりあわせて、のっそり訊いてみる。
「ZEIT好きだったよね」
「はい」
 とたんにずばんと頭の上で何か爆発したみたいにへなへなっとカノンちゃんが殊勝な人になったのが面白かった。
「……好きです。すみません」
「謝んなくていいけど」
「やっぱテツさんにはバレましたよね」
「うん。バレた。京ちゃんの書いた曲かと思ったもん」
 ほんとう言ったら、それはそのままじゃなくて。
 軌道の先にあるもの。
 あのバンドが無事に続いてたらきっと辿りついただろう、そういう場所。そういう音。
 なつかしくてかなしい。
「だからやっぱあれは弾けないわ」
 俺はあらためてへこりと首を前に落として謝る。ゴメンネって。
 カノンちゃんのせいじゃない。俺が俺のままじゃ弾けない。
「秋史さんに、俺、並ぼうと思ったんじゃないです。俺のなかに鳴ってる音……欲しくて……迷わず哲郎さんだと……でも駄目だ、駄目でしたそんなんじゃ……底が浅いんだ俺、くそみっともねえ」
 カノンはカノンでまだ俺の話聞かないで一人でぶつぶつ自己批判にハマっている。あーもー若い人はこれだから。
 かわいいよね。
「加納くんさ、なんでギター、俺ひとり呼んだの?」
 そのとき俺は自分でも、あっ凄く馬鹿なこと訊いたなとわかってた。
 けど。
 分厚く大きなスタジオの扉、背にして立ちつくしたカノンが不意をつかれた子供の真んまるい眼をして俺を。睨んで。
「バッ……」
 馬鹿、と俺は呆れて――怒鳴っている。
「泣くかおまえそこでええっ!?」
「すいません」
 ばたばたっと、ひらいたままの両目からホンモノの涙、落とした顔でカノンは自分の口元おさえてなんでだか一つ覚えに謝る。
「すいません」
「…………」
 俺がおもっきし苛めたみたいじゃないのよ。
「すいません。正直……ほんとに正直なこと言います。テツさんの音があんな淋しかったの聴いたの、俺の一生んなかで初めてです」
 って。
 今日初対面のボーカリストから、しかも現時点で泣いてる男から、急にそんなこと告白されたっておまえ。
 どうしろっていうの。
「まだキョウヘイさんを待ってるんだなあと思いました」
 ぽつんとカノンが言う。
 言ってからまたがばっと頭さげて、
「俺すげえ失礼なこと言ってますけど! やだったら殴ってください。ホント俺むちゃくちゃ言ってますから」
「……いや別に」
 キレイなカオ殴りたくないし。
 俺の手も大事だし。
「……本当のことだし」
 がーん俺としたことが。
 さらっとした答え方はできなかった。
「つまり俺ってばほんとにあいついないと役立たずなギター弾きだったのねというのが……今日、さっきアレ弾いて遂に白日のもとにさらされてしまったので、そんな最低なギター、きみの大事なCDに収めるわけにいかねえやと……。まあ、そういう話だしょ」
 ああ職業ギタリストとしての甲斐性、ぺしゃんこ。
 きっちり一人で立ってられると自分じゃ思いこんでいたけれど。
 ガキだなあ……。
「俺は今日のテツさんの音も好きでした。……けど、テツさんはそこで満足する人じゃないんですね」
「うん。俺、恨み節って、演歌ってキライだからさ。あんたいなくてもあたしは元気よ安心してねって、そっちのが好きだからさ……」
「哲郎さんらしいですね……」
 俺は演歌しかやってねえやって再度カノンが自己批判に走る。いいの! 俺のこの体質は俺のものだからあんたは真似しなくていいの!
「だからさ……迷惑かけてゴメンナサイなんだけど……。俺の音が新しくなったら、それ加納くんがもしも気に入ったら、またレコーディング呼んでよ。俺ヒマだし」
「はい」
 こくりとカノンちゃんがすなおに頷いた。
「俺……俺も多分まだZEITを待ってるがわの人間なんです。でも……俺の音とは関係ないって言える、正真正銘のひとりのボーカリストになれたら、それが哲郎さんと一緒にできるときかなって……。そんなふうに、思います」

       * * *

「とおまえは俺にうるうるのマナコで言ったのと違うかい、素晴らしい歌い手になって哲郎さんのギターで歌いますと!! 文句いわずにとっとと歌え歌わんかいっ!!」
「俺は俺の美学を表現してくれるギターを待ってたはずなんですよ、場末の男芸者みたいなありさまには堕ちたくないから言ってんですよ、絶対あんたがそこで俺の歌入りを妨げるんですよ、インパクト第一じゃなくて詩情っていうものを少しは残してくれなきゃ客には歌詞どころか俺の声も届きゃしませんよ!!」
「ほおおおおカノンちゃんの美声は俺のギターが一発鳴るだけで消えるのね、あーそー」
「ムキになって消しにかかってんのは誰ですか、あんた騒音出してる自覚ないんですか一体!?」
 空約束と空手形ばかりの音楽業界で、どこまでこんな縁、つづくもんだか知らなかったけど。
 これが現在の、SEXION――天下のスーパーギタリストと、美貌のカリスマボーカリストの闘争の場であったりして。
 カノンちゃんは当初の猫かぶってた態度はどこへやらで、ぜっこーちょーに口のへらないやつだし。
 俺のメインギターは、フェルナンデスのストラトモデルに変わって。
 どっちに軍配あがってもいーから早く終わらせてねと、れーこ社長は既に悟りきった態度で。
 そして。
「ならばキミタチ、こういうのはどうかね?」
 にたりと悪巧みのカオでもって、フェンダーストラトキャスターをとりあげるギター屋が一人、俺たちの知らないフレーズを奏ではじめる。

 優しい音を。

〈了〉

※初出 1995年12月 (商業誌未発表作品)

ヒーターつけなきゃね

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冷えます。11月です。ノベンバーです。(意味のない英訳)
寒さ深まり猫さわぐ我が家。
おでんの匂いにも猫さわぐ我が家。さわいでも私が食いますよ、おでんはあげませんよ。人間のエサより単価の高い猫フードをめしあがっている君達にはな!
今年はまだのこり2ヶ月も(どんぶり勘定で…)あるから、忙しくないです…忙しくなんかは…!←ソラゾラしい発言。
忙しいって漢字は「ココロを亡くす」と書くんだぜ(どこかできいたネ)。なくしたくはないものだ。ココロはなー。
でもシメキリは守ろうな。
毎度おなじみのオチがついて本日の日記は終わる…。

補足少々…WAKE UP YOUR MIND’S “JESUS”

若木 未生
詩篇69―エクサール騎士団
若木 未生
翠玉の王―エクサール騎士団(ライエノーツ)

たいへん短くて正体不明な作品ですが、こちらのシリーズの番外編でした。

タイトル「WAKE UP YOUR MIND’S "JESUS"」は、トランスティック・ナーヴのアルバム『SHELL』収録曲から。カッコイイ曲です。

トランスティック・ナーヴ
SHELL

WAKE UP YOUR MIND’S “JESUS”

 明日が愉しいと思えるなら、生きていられる。

 be patient. ――忍耐強くあれ。日に何度も己を戒めるのは自らが放埒な性根を飼っていると知っているからだ。
 良い子ちゃんでいたいってことかい、ご苦労な話だ、と〈炎使〉が言う。点数稼ぎの外面か。くだらねえ自意識とプライドさ。――いいや違う。私はそうは思わない。
 もっと本質的な危機管理だ。

「エドウィンって何で生きてるのかな?」
 レモン味のシャーベットを食べながらクリストファーが言った。
「は?」
 エドウィン・アーサー・K・クレイトンは、食卓の傍らの立ち位置から聞き返す。この少年がくりだしてくる唐突な質問には常に二十四時間ウェルカムの札をかかげて立つエドウィン・アーサーだが、どんなに用心深くストライクゾーンをひろげて待ちうけても、たまに脳天めがけて飛んでくるビーン・ボールは避けられないものだ。
「何で、といいますと……そこには、私にとって自動的な『どうにもとまらない』の事象と、とりあえず能動的な意志の要因と、宝くじで一億ドルあたっちゃう系の受動的な命運というような部分が、さまざまに同居しておりますね」
「うん。つまりぼくはこの夏シャーベットとアイスクリームで生きることにしたんだけど」
 輝く黄金のスプーンを唇にあてて、ぼんやり宙を眺める目つきでクリストファーが続けた。
「ジャスティーンはお金で生きてるし、カルロは卵黄とメレンゲで生きてるよね?」
「……はあ、なるほど」
「たぶんファイアマスターは記憶で生きてるし、ルウは好奇心で生きてるんだよね」
「……ええ、なるほど」
「それでたぶんエドウィンはぼくで生きてるんだけど、そのときぼくがアイスクリームで生きてるってことはエドウィンの人生はハーゲンダッツに左右されてるのかな?」
「もちろん、とても左右されていますよ」
「ふうん。ハーゲンダッツって偉いんだなあ……うっかり壊さないようにしなくちゃ」
 それはちょっと違う結論なのだがエドウィン・アーサーは反論しなかった。ただ、万が一ハーゲンダッツの支店が近所になくなっても世界の涯からでも私が買ってきますから大丈夫ですよと答えた。
「ただし、シャーベットとアイスクリームだけでは栄養が偏ります。忘れずに三度のお食事を召しあがっていただかなくては」
「うん。エドウィンは? 栄養は偏らないのかな?」
 また難題だ。エドウィン・アーサーはしばらく、クリストファーをみつめたまま黙った。あまり、お茶を濁して避けてよい局面にも思えなかったので。
 嘘ならば鋭敏に読む、この万能の少年には、心をすべて覗かれてもしかたない。しかしだからといって言葉選びに手をぬくことを、クリストファーは嫌うのだった。
「You filled me up, sir. ――充分に機能的なサプリメントだと思いますよ、クリス様」

 それは本質的な危機管理だ。
 赤いシグナルが点滅する前に保全しなければならない炉心の火。
 眼前の男の頭に銃口を向けながら考える。
 死んだ庭師のかわりに雇われた、その新しい暗殺者が、催眠や暗示を拒む頑健な精神のつくりを盾に生きのびるつもりだったと知ったときエドウィン・アーサーはいっそはればれと哄笑したかった。
 残念ながら私は不具者ではないのですよ。まして清廉潔白な聖者などでも。
「だから、超能力の手品でしか人を殺せないというわけでもないのです」
 ――何を勘違いしたのか?
 銃爪をひいた右手がばしゃっとはじけた鮮血と醜い体液を浴びた。訓練どおりの射撃姿勢は肩や手首にかかる衝撃をきちんと減らしたが、どろっと指のつけねに入りこんだ他人の体温は避けがたい不快だった。
「あーあ、庭先でやりやがった」
 通りがかったガディスが舌打ちをした。彼もまた無関心な残酷さで言う。
「ちらかしたものは、自分で片づけろよ」
 ――もちろん。言われなくともエドウィン・アーサーはそうした。何もなかったように、元通りに。
 その暗殺者の名が嫌いだった。アーサーという凡庸な名の男だった。厭な皮肉だった。

 ルウ・シルヴィアンは屋敷の門をあけて、花屋から届いた生花の束を腕いっぱいに抱えたところだった。夏の光が天からきらきらと降って、濃い橙色の向日葵に吸いこまれていくような昼下がり。
 屋敷に戻る小径をふりむいたら、ちょうどエドウィン・アーサーにでくわした。
「ミスタ・クレイトン! おでかけですか?」
 朝のうちに聞いた予定には入っていなかったから、花束ごしに声をはりあげて尋ねた。こんな真夏日でも仕立てのいいスーツを着崩さないエドウィン・アーサーが、品のいい笑顔をルウへ向かわせた。
「ええ、ミズ・シルヴィアン。ハーゲンダッツ・アイスクリームのラズベリー味を買いに」
「あら、大変! わたくし、走って買ってまいりましょうか!?」
「いいえ大丈夫ですよ、これも私の愉しみのひとつなので」
 それなら、ネクタイくらいゆるめても誰も見とがめないだろうにとルウ・シルヴィアンはひそかに考える。けれど、ルウは彼のそういう自律心が好きだった。
「クッキー・アンド・クリームも美味しいですよ!」
 ルウは口の横に片手をあげて、エドウィン・アーサーの背中に声をかけた。
「どうもありがとう、忘れずに買ってきますよ」
 エドウィン・アーサーが答える。まるでそれ以上の幸福が、この世に存在しないほど、彼が幸せであることをルウ・シルヴィアンも知っていた。
 そう、きっと。

〈了〉

※初出 1999年8月 (商業誌未発表作品)