〈2〉
白い脚をなでた。冷たい肌だった。豚肉の脂肪みたいだ。僕は、乃莉子の両膝のうらがわに顔をうずめた。腿からかかとまで、痣や傷のない、きれいな皮膚だ。ノリコは、この美しい脚に自信を持っている。脚のかたちを崩さないために、家の中でもずっとハイヒールを履いてすごすのだそうだ。
ノリコは、ベッドにうつぶせになって、煙草を吸っている。ヴァージニアスリムだ。僕は彼女の膝のうらに片方の耳をつけて、肉の少ないふくらはぎをなでた。大理石のヴィーナスを触っている感じだった。
ノリコは昔、猶斗の使っている女だった。僕はノリコの脚が好きだったから、ご不要になった際に払い下げてもらった。僕は眠るときに枕元にステキな脚があるといいんだ。そう僕が言うと、ノリコは幼めの笑顔で、わあうれしいと言った。ノリちゃんもね自分のアシがとても好きなの。ノリちゃんねえ自分なんかがエージさんの役に立てるならすごくうれしいの。うん、そりゃよかった。
「今夜は美帆ちゃんも梓ちゃんもねえ、ナオの部屋に入れてもらえなかったよ」
煙を吐いてノリコが言った。
「しゃべりたくないんだって」
へえ、と僕は答えた。そりゃそうかなとも思った。明日もステージはある。猶斗は喉を壊している。今夜、セットリストのケツから四曲分、ひどい声のままでアンコールまで歌った。不慣れな新人でもないのに、あんな露骨な壊し方は滅多にしない。だから猶斗は傷ついていると思った。
声帯に注射をうたれて、声が戻ればライブは続行、出なけりゃ中止だ。ボーカルだけ録音済みのテープを使うという案もツアー・プロデューサーから出ていたけれど、猶斗はいやがるだろうなと僕は思った。ロックスターだ。演技の口パクはあんまりだ。
「喉、うんと、痛いのかなあ。ナオ、かわいそうだなあ」
ノリコは、ぼんやり天井を眺める顔で言った。猶斗に使われなくなっても、彼女たちは猶斗が好きだ。
それからノリコはうふふと笑った。エージさん足の指に髭さわるとくすぐったいよ。肩をよじらせて笑った。だめだめアハハ。僕はノリコの小指の爪を嘗めた。虹色に光るペディキュアの、石油みたいな味がした。
(続く)
※初出 2001年12月「文学メルマ!」
ガンダムと。
カテゴリ(つうかアメブロではテーマと呼ぶのだったスミマセン)の話題のつづき。
唐突ですが、ちょっぴり変えた。
エッセイ→「ガンダム」との闘い
と。
『機動戦士ガンダム』は、戯作者のはしくれとなりし己にとって、偉大な父のようなもの。
そろそろ正面から向き合いたい時だ。
ガンダムと戯れるのではなく、闘うことが我が望み。(いや、闘うっていっても批判するって意味じゃないのよ)
子は親の背中を見て育ち、いずれは親を踏み越えてゆきたいものだと願うのです。
万人認める偉大な作品を前にして、我が身のありさまかえりみず「踏み越える…」とノホホン夢想するのも困ったお馬鹿さんだが、そもそもそんな異形の怪物を(誤って?刷り込みで?)オヤだと思いこんじゃったのが悲劇のはじまりかもしれぬ。
なーんて思いつつ、そのくせ一方で「オヤだからこそ容易に越えられない巨大な壁であってくれ」とも期待しているコドモゆえの身勝手さも抱きつつネ…。
「親は子を選べぬ。子は親を選べぬ」
「…だが、縁、というものがあるではないか」
最近の作品でこんな文を書きましたが、たぶん、これも縁だ。縁ってやつは、しょうがない。
そういったテーマです。
まあ、ぼちぼちと書きます。
台風だけど
ネコのデコ
「ねこの額」といえば、
「狭い」「ちょっぴり」「ちまい」というのが通説だが
我が家のねこのサイズはアレなのでおでこもアレというわけで、
デコ撫でまくって良いキモチ。
(飼い主以外にはかなりどうでもいい話ですね)
この秋の流行りはベロア素材らしい…ので、
昨日までTシャツだったわたくしも
今日はベロアの服を着て出動。
やべえ忘れてた油断した。
自分への警句としてここに記す…
「ねこの毛を吸いつけまくるよ!秋の服!」
(本人以外にはそうとうどうでもいい話ですね)
(少しは「どうでもよくない」話も書くべきか…)
今日は、
ビーンズ小説賞の選考会だよー。
会場にむかいつつ、これを書いてます。
ドキドキです。
新人賞の選考は、(される立場の人が勿論いちばんたいへんだと思うのですが)
するがわもやはり緊張します。
「すごくがんばってるぞ!」
という、気迫がこもった原稿ばかりだから。
今回も、こちらもがんばるぞ。
楽しみです。
ラッシュ 03
ステージのまわりは真っ暗だ。
僕はなんだか無我夢中でバスドラムを喧嘩のように蹴りつける。
左側が痛いんだ。
キリキリキリキリ。
客の声は透明なゼリーみたいに猶斗におしよせる。
猶斗は笑っている。
僕らのまわりは真っ黒だ。
照明が四方八方から狙ってくるから外が見えないんだ。
無人島に閉じこめられたみたいだ。
猶斗はひときわ白いスポットに撃たれて、ひらひらまわって歌っている。
実体のない布きれみたいに身軽に歌っている。
若いやつらがみんな真似する、泣きの混ざったバリトンで歌う。
みんなよろこぶさ。
サーヴィス。
高級レストランのサーヴィスだ。
ようこそお客様。
歌いだした猶斗は、滅多にドラムセットの内側の僕を見ない。僕は、ステージ衣装の猶斗の背中を見る。
客はいる。猶斗の客は、東京なら一万人は読める。代々木競技場第一体育館、横浜アリーナ、日本武道館。そのクラスなら大体イケる。スタジアム・クラスには届かない。そこに動員の壁がある。まァ不況だしね。ここはどこだっけ。僕は、脊髄反射の運動みたいにスネアを十六分音符で刻む。
客はいる。
猶斗は飽きない。
いつも笑っている。
??ぷつん。
時間が途中で切れたようだった。
あっ。
猶斗が後ろを見た。僕は叩いていた。舞台ソデにいるモニター・エンジニアがアレッのかたちに口をあけた。ボーカルマイクの不調かと思った。違う、声だ。猶斗が僕を見て、左手の指で僕をさした。僕は、レーザー銃で脅された人間みたいに両手両足をばたつかせて、Bメロの六小節ぶんを勝手なドラムソロに変えた。
猶斗は下を向いてマイクを持ち直す。サビを待って喉を開く。声が無い。ボーカルマイクの拾う声が足りない。ああ半分も出てねェや。
猶斗は、真っ暗闇の客席を仰ぐ。握ったマイクを囓るように歌う。僕らのもとに、客の声がおしよせる。あいつらがかわりに歌っている。
僕は返ってくるやつらの声の時間差に巻きこまれないように慎重にヘッドホンのクリックに耳をすまして一歩先のリズムを叩く。葦宏は、陽気に派手なベースラインをつなげている。キーボードの三宅はいまさら何もできない。手弾きのフリして、コンピューターで自動的に鳴らしている音だ。
ギター。
僕は、アッと思った。思った途端、背中が冷えた。腹がむかついて脳天に蒸気みたいな痛みが来た。ギタリストは、白っちゃけたムービングライトの影を浴びながら僕の叩いたリズムの通りに、セルロイドのピックで六本の弦を摩擦して音を出していた。素知らぬ真顔で、身の厚い刃物のへりみたいな音で弾いていた。
猶斗の声を潰しやがった。
こいつだ。
糞野郎。
(続く)
※初出 2001年12月「文学メルマ!」