おまえ何よ。僕が訊く前に、それは挨拶に来た。僕は出陣前のメンバー楽屋で、缶ビールの飲み口から舌を入れて冷たい泡の苦みを嘗めていた。(僕はまじめなので本番前のアルコールは嘗めておくだけだ)
新條さん。今日、ヨロシクオネガイシマス。おう。エージでいいわ。僕は、いつもどおりに答えて、誰だっけと相手の顔をよく見た。僕は、呆れるくらいに他人の顔を憶えられない。なのに、猶斗のバックバンドでは僕がバンマスのように扱われている。猶斗とのつきあいがいちばん長いからだ。猶斗は、バンドが潰れてソロになってから、もう十年間ほど歌っている。その間に、大勢のミュージシャンがごろごろと参入しては消えた。
そういえば、この新しいギタリストには先週のスタジオリハで紹介されて会った。前のギタリストが死んじまったからだ。僕は、そういうことをすぐ忘れる。ステージで太鼓が鳴ってさえいりゃいい。
「ゴメンな。僕ジジーでぼけてんだ」
僕はまじめに謝って、
「きみ先週からいたッけか?」
そんなことを訊いた。はい、と彼は答えた。
「エーさん言うことキツイよう」
と、僕の隣の化粧台でスプレーを使ってオレンジの長髪を流しているベーシストの葦宏が冷やかした。「なァ尚チャン、こうゆー人よ、ここんちのバンマス」化粧した唇をゆがめてギタリストに注進した。僕はそれでギタリストの名前を思いだす。
「ちげえよ葦宏、アホ。僕な、マジでやばいんだわ脳味噌のシワが。すまんのポン」
僕は関西芸人のようにおどける。身づくろいに三時間かけるお化粧野郎。腕のほうも磨いてちょーよ。僕は、そんな科白は言わない。この平和愛好者の何がキツイんだい。
「先週、デカい音で弾かなかったろ。だから憶えてねえや」
「すみません」
礼儀正しい奴だった。愛想はなかった。
「な、座んな」
僕が言ったら、椅子ではなく僕の足元の床にひょいと膝を曲げてしゃがんだ。変な、小僧くさいところがあるなと僕は思った。歳いくつだ、と訊いた。二十七と答えた。
「なんだもうガキでもねえじゃねえか」
僕が言うと、「そうだなあ」と小さくひとりごちて笑った。笑うと犬みたいに人懐こい顔だった。
猶斗は三十三、僕は三十五だ。だから、うちらのバンドのなかじゃ若いほうだ。
「前のギターの人、長かったんですか」
「んにゃァ」
三ヶ月いたかな。僕はそう答えた。
「すぐ死んだよ」
「死んだ」
ギタリストが口のなかで繰り返した。
「ン。よく死ぬよココの人」
「やめてよエーさん」
横で葦宏が薄ら笑いした。葦宏が立ってトイレに行く。覚醒剤の補給だ。葦宏の血管にはメタンフェタミンが充満している。あいつモノホンのオカマだから気ィつけな。ニギられんぞ。僕は、新入りに耳打ちする。
「あァ……」
つきあいのように呟いて、ギタリストは僕の眼をじっと見ていた。
「なんで死んだんですか」
「自殺」
僕は、缶ビールの中に舌を入れる。さっきよりぬるまって不味かった。
「ホテルの部屋の窓から飛んだのよ」
「あァ……」
そういうことはよくある。そんな感じに頷いて、彼はセルロイドの黒いピックを唇に挟んだ。犬歯のあたりで噛んだ。
「高岡クンきみな、うるさく弾きすぎ」
僕は別のことを言った。
「猶斗に嫌われるよ」
するとギタリストは三角形のピックを噛んだまま、僕を見た。真顔だった。エージさんもですよ。そう言って立ちあがった。(続く)
※初出 2001年12月「文学メルマ!」
「若木未生メールマガジン 22号」
■■若木未生 メールマガジン■■
-vol.22-----
20050909発行
officialwebsite::[MEGALO VISION] http://visions.sub.jp/
mio wakagi private mail magazine
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::若木未生の最新情報をお届けするメールマガジンです。
-index-----
■ご挨拶&サイト改築のお知らせ■
■新作情報■
8/27 「ジェノサイド《渋谷》」パピルス2号
8/27 漫画「オーラバスター・インテグラル」メロディ10月号
9/15 漫画版『セイレーンの聖母』白泉社文庫
9/28 漫画「オーラバスター・インテグラル」メロディ11月号
11/15 漫画版『アーケイディア』白泉社文庫
11/中旬 「オーラバスター・インテグラル」SFJapan 2005winter号
近刊 『真・イズミ幻戦記 暁の国2』徳間デュアル文庫
■発売中■
『ゆめのつるぎ 少年源頼朝の巻』コバルト文庫
■後記■
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-ご挨拶&サイト改築のお知らせ-----
今回も、おひさしぶりのメルマガです。ご無沙汰しております。
天候の荒れがちな昨今ですが、いかがおすごしでしょうか?
私は、台風にはなかなか勝てない軟弱体質なのですが、
頭上に嵐の吹きゆくのを待ち、まあ無事に…生きてます。
夏場には倒れてしまって…またしてもご迷惑をおかけしてしまい、
ほんとうに申し訳ありませんでした。
今は「イズミ」書いてます。
短編の仕事も、だんだんやってます。
心身のリハビリをして、もっと元気になれたら、
ゆめつる2巻の作業にも戻りたいです。
もうほんとにもどかしい歩みで、腹立つことも多いかと思います。
それでも待ってくださる方や、励ましてくださる方に、
うんと感謝です。
まだまだ書くよ。いっしょけんめい書くよ。
そう答える気持ちで、仕事机にむかっています。
どうもありがとう。
それから、サイト関連のお知らせです。
現在、サイト工事中なのです。
トップページ以外にプックマークやリンクをしてらっしゃる方は、
こちら→http://visions.sub.jp/
に貼りなおしてくださるよう、お願いします。
(携帯専用ページも現在稼働していないので、携帯の方もトップ
からお入りくださいませ)
ブログも一個だけに統合します。
詳しくはブログの本文にて。
なにげにメールアドレスも変更しております。
あちこち変更だらけで、お手数おかけいたします。
どうぞよろしくお願いいたします!
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-新作情報-----
■8月27日
「パピルスvol.2」 幻冬舎
「ジェノサイド《渋谷》 ニガミダニのアケイとヨル」
イラスト・326
すでに発売中…メルマガでのお知らせが遅くてすみません!
幻冬舎さんの新しい文芸雑誌「パピルス」。
創刊二号めに短編を書かせていただきました。
中田ヒデさんが表紙の本に載れて嬉しいな…(笑)
326さんの絵をつけてもらえて嬉しいな…
以前から326さんと「一緒に何かをつくろう」という約束が
あったので、それが今回ちょっぴりでも果たせて嬉しいです。
《ニガミダニ》でのお話は、また書きます。
へんてこなアホらしい話…「偽フォークロア」な感じです。
「パピルス」公式サイト
http://www.g-papyrus.jp/
幻冬舎公式サイト
http://www.gentosha.co.jp/
■8月27日・9月28日
「メロディ10月号・11月号」 白泉社
「オーラバスター・インテグラル 月光人魚(前後編)」
漫画・杜真琴
(徳間デュアル文庫『オーラバスター・インテグラル 月光人魚』より)
前編がすでに発売中ですみませんその2。
今回は、前後編で「月光人魚」を描いていただきます。
あのひとはラーメンを食うのか?食べる…という噂…。フフフ。
■9月15日
『ハイスクール・オーラバスター セイレーンの聖母』
白泉社文庫 漫画・杜真琴
漫画文庫版オーラバスター3冊目。
この本と、次の『アーケイディア』(11月発売)には、
巻末あとがき代わりに、若木のインタビューが載ります。
ずっとオーラバとおつきあいいただいている長尾徳子さんが、
今回もインタビュアーを引き受けてくださりました。嬉しいな。
白泉社公式サイト
http://www.hakusensha.co.jp/
■11月中旬
「SFJapan 2005winter号」 徳間書店
「オーラバスター・インテグラル」
久々のSFJに、また久々のインテグラル新作を書きます。
「俺と三島と芥川とでお茶を飲む仲になった理由」のお話です。
■近刊
『真・イズミ幻戦記 暁の国2』 徳間書店
徳間デュアル文庫 イラスト・岡崎武士
近日刊行予定。
また、今は亡きスーパーファンタジー文庫で現在品切れ状態の
「イズミ幻戦記」既刊分+未収録原稿(略して「無印イズミ」)
も、徳間書店さんで再び書籍化していただきます。
新作も旧作も、ぶじに早く、お届けしたく思っております。
出版社が変わったりでなんだか傷だらけなシリーズなのですが、
傷だらけ上等のスーパーヒーローは燃えて戦うのだ!
応援よろしくお願いしますー。
徳間書店公式サイト
http://www.tokuma.jp/
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-発売中-----
■『ゆめのつるぎ 少年源頼朝の巻』
集英社コバルト文庫 イラスト・夢花李
ISBN 4086005832 460円
雑誌コバルトに掲載した1、2話を加筆修正。3話めは新作です。
「コバルト」公式サイト
http://cobalt.shueisha.co.jp/
集英社公式サイト
http://www.shueisha.co.jp/
上記の他、お知らせ済みの情報はメルマガバックナンバーにて。
http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000075273
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-後記-----
近所のアフタヌーンティーに行ったら、もう2006年の手帳を売り出して
いるので「ぎゃっ」と思いました。
2006年かあ…。
うむむ…。
最近よく「マエストロ」のことを考えています。
長い年月ひとつの道に己を捧げつづけた人を、巨匠と呼ぶのだ。
マエストロを敬愛する。私はてんでヒヨッコです。
まずは…長生きすることが大事だな、という結論に至る。
(長生きしたからって「巨」いなる「匠」になれるわけではないが)
また近いうちに、次のメルマガをお送りしたいです。
お元気で!
……………………………………………………………………………………………
発売中のものの情報、その他のお知らせなどは、
http://visions.sub.jp/
で、ご覧ください。
お問い合わせ、ご連絡、若木あてのメール等はすべて、
visions@xs.sub.jp
まで、お送りください。
(メールアドレスが変わりました)
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■若木未生 メールマガジン■
::vol.22
published by mio wakagi
無断転載を禁じます。
登録・解除はこちらへ
http://www.mag2.com/m/0000075273.htm
……………………………………………………………………………………………
メルマガ配送しました
「若木未生メールマガジン」22号をやっと配送しました。
お待たせしてしまって、すみませんでした!
携帯ユーザーの方は、次の記事にログ載せておきますので、ご覧ください。
よろしくですー。
愛それは
……。
たくみが…
あんまり何度も何度も
しょうごを噛んでいじめるので、
「あんたは遊びのつもりで楽しくても、省吾はマジ泣きしてんじゃねえか!たくみのほうがでかくて強いんだ、自覚して加減しろ!」
一喝くらわしたら、
こんな顔。
なにも、そこまで…
わかりやすい顔…。
ところで、なんと、パソコンは直りました。わあお。ほとんど諦めていたのでびっくりです。
「放電作業」というコト(よくわかってない)をしたらあっさり回復です。おさわがせいたしました…!
やはり雷の影響なのかな?なるべく雷には気をつけてたのになー。
わたくしも小説原稿のバックアップだけは念入りにやってますよ山川さん!
(「原稿だけ」なのが問題…かしらん…)
ラッシュ 01
〈1〉
左側から。
鋭角の切っ先が来た。
電気。
スチールの弦に帯電する振動。
六本の糸。
ぎりぎりに斬る音だ。
粗く濁っているのに何かの間違いみたいに透明な音だ。
無礼な乱暴だ。
身が厚いのに切っ先だ。
糞野郎。
それは新しいギタリストだった。
猶斗のバックメンバーはよく替わる。
僕はもう七年ばかり彼の後ろで叩いている。
ほどほどに仕事はある。
それなりに名声もある。
ああこの曲はやめとけよ。
イントロだけの見かけ倒しだ。
必死に弾いても甲斐がない。
やめとけよ。
僕はそう思った。左側、舞台上手のモニターから、ガリガリ黒板を釘先でひっかくみたいに無駄な熾烈なやかましい尖鋭な高音が高らかに華々しく無尽蔵な図々しさで、鳴りひびいた。糞野郎。
猶斗は、ステージの中央で、白っぽい金色の髪を束ねて、まだリハーサル中だからコットンのフード付きのパーカを着て、歌わずに、にやにや笑っていた。
猶斗はいつも笑っている。
笑うのが癖になっているように笑う。
ロックスターだ。
笑う気分に慣れている。
「英治サン、うるせえよ」
ふりむいてドラムセットの内側の僕を見て、にやにや笑って、ボーカルマイクに口をつけて言った。
「おう。ジジーは短い寿命ふりしぼってタイコ叩いてまっさ」
僕はおどける態度に慣れている。左のスティックで思いきり、サイドシンバルのエッジをぶちならしてやった。
ギタリストが僕を見た。
赤い髪を透かさないと眼が見えない顔だ。
なんて名前だっけ。
軽い紙の棒みたいにフェンダー・テレキャスターのネックを左手に握って、癇癪もちの金属のかたまりみたいなコードを右手で一気に殴るように弾いた。
※初出 2001年12月「文学メルマ!」